ありがとう、iGEM TokyoTech

はじめに

iGEM TokyoTech 2023リーダーを務めました脱法マリルリと申します。この度は12月19日のiGEM Advent Calenderをご覧頂きありがとうございます。また、このAdvent Calenderを作成してくれたtax_freeにも重ねて感謝申し上げます。本日のAdvent Calenderでは、僕がiGEM TokyoTechとして活動してきた3年間を振り返りながらiGEM TokyoTechで学んだことを適当に書こうと思います。残念ながら殆ど自分語りになってしまいますが、この年になって自分がやってきたことや考えてきたことをドキュメンテーションすることは自分の将来を考えるうえでやっておいた方がいい事であると気づいたので、自分語りをします。

2021(学部1年生)

僕は東京工業大学 生命理工学院に総合選抜で入学しました。総合選抜というのは、所謂AO(自己推薦)というやつです。生命理工の総合選抜は、個別試験に生物が課されます。なので基本的に生命理工の総合選抜に来るのは生物選択の人です。だいたいこれが1学年に15人くらいいます。しかし、東京工業大学に前期試験で入学する人は基本的に全員物化選択ですから、この15人はマイノリティな訳です。大学の授業も基本的に物化選択の人に合わせて進んでいくので力学や電磁気学、熱力学、量子力学の授業には本当に苦労しました。力学の講義を初めて受けた時、誇張でもなんでもなく「何も分からなかった」ので一緒に受けていた(入学してすぐできた)友人に「今日の講義難しくなかった?物理不安だな」みたいな感じの事を言ったら「何言ってん?今日やったのただの数学やん。物理やってないよ」みたいな事を言われて絶望したのを覚えています。因みに力学の単位は全て落としました。

物理に苦労した1年間でしたが、総合選抜と言うこともあって生物は好きでした。面接では凝集タンパク質であるβ-amyloidを上手く除去するためにこうしたいとか、構造を理解するためにこうしたい、そもそもADの原因が本当にamyloidなのか研究したいみたいな事を喋った気がします。周りはほぼ100%物理化学選択という生活の中で、新しい視点から物事を見ている人が多くて刺激的な毎日だったのですが、自分と同じく生物が好きな人と話してみたいという気持ちもありました。そこで、たまたま”生物系サークル”であるiGEM TokyoTechを見つけて、生物が好きな人が多そうだなと思いぬるっと入りました。

2021の活動としてやった事は、無に等しかったです。というのもあまり先輩方の活動に興味が無かったからです。ミーティングも1年生だけのブレイクアウトルームで雑談しててねみたいな感じだったので、受動的に情報を得ることすら少なかったです。その代わり、iGEMを通して知り合った同期と輪読会を行っていました。読んでいたのは分子細胞生物学第8版だった気がします。The Cellでは無いやつです。たぶん。この輪読会は本当に楽しかったし、後に2023まで一緒に活動することになる友人とここで出会えたことはラッキーだったなと思います。分子細胞生物学第8版の面白いところは、やはり訳(やく)が怪しいと言う所だと思います。訳が怪しいため、表現の解釈に幅が生まれるシーンが多く、そこが議論の対象になることが多かったです。もしこれから輪読会をやろうとしている人がいるならば、英語版を参照しながら進めることを推奨しますが、議論を通して色々自分たちで調べたり、大学の先生に聞いたりして知見が深まったのでいい勉強になったと思っています。楽しかった。

僕自身の、「生物について語りたい」とか「生物が好きな人とコミュニケーションしたい」という欲は輪読で満たされていたので、iGEMにはあまりコミットしていなかった気がします。

そうして2021が終わる頃には僕と同期のiGEMメンバーは半分以下になっていたと記憶しています。仕事を振られることもあまりなく、ミーティングもあまり参加する理由が無いとなると興味を持てない人が多かったのかも知れません。僕としては仕事が欲しいなら積極的に発言して仕事を提案して行かないと、と思うのですが、恐らく他の多くのメンバーも1年生の頃の僕と同じように「繋がりを持ちたい」「課外活動なんとなくを楽しみたい」という気持ちが強かったと思うのでそういう動きにはならなかったのだろうと推測しています。

そして2年生になり、iGEM TokyoTech 2022の活動が始まりました。iGEM TokyoTech 2022の役割は大きくWet, Dry, Human Practices, Finance, Leaderに分かれていたと思います。リーダーの枠は、1個上の先輩に既に決まっていて、1年生はWet, Dry, Human Practices, Financeのどこに所属するか決めてくださいと言われました。そこで僕はWetを希望していましたが、希望していた人が多かったので、誰かが諦めなければいけないという状況になりました。そこで、そこまで拘りが強くなかった僕はWetを他の人に譲ってHuman Practicesに所属しました。そして3年生が引退し、iGEMについて全く勉強しないままにHuman Practicesをやることになりました。

2022(学部2年生)

iGEM TokyoTechが抱えている大きな問題として、「3年生が引退するとノウハウが無くなり更地になる」というのがあると考えています。勿論これは現役のiGEMのメンバーが積極的に聞きにいかない事が一番の問題なのですが、3年生側からも洗い出しをしないとちゃんとノウハウが継承されないのでそこの仕組みがあんまりなかったのも問題なんではないかと思います。また、もう一つの問題として殆ど3年生しか活動していなかったという事です。2021までは(それ以前はあまり知りませんが)1~2年生は眺める期間で3年生は実際にiGEMをやる期間なので(1年ではあえて入部せずに)2年生3年生からiGEMに入る人も多いみたいなことを聞いた覚えがあります。

しかし、僕の代ではそうではありませんでした。なぜなら新型コロナウイルスの感染が流行し、サークルに入る人そのものが激減したおかげで(僕が2年生になった段階で)3年生が1人しかいなかったためです。これは喜ばしい事とは言えませんがこのお陰で僕はiGEM TokyoTech 2022において自分で仕事を作り上げる側に回ることが出来ました。

そんな経緯があって、2022では輪読会を一緒にやっていた同期と2人でHuman Practicesの中心的なメンバーとして活動し、Education, Human Practices, Collaboration, Partnership, Imprementation, Proof of Concept等に関わりました。僕が持っていた最も大きな仕事はHuman Practicesでしたが、僕はHuman Practicesが何なのかよくわかっていませんでした。(今も分かっておりません)ミーティングの際に先生からこうしなさいと言われたことをやってみたり他のチームの真似をしてみたりiGEMのHPを参考にしたりと多くのソースに頼って何をすればいいのか悩んでいる期間が多かったと今振り返ると思います。そんなことをズルズル続けていると夏休みになってしまっていました。そこで一旦プロジェクトを0から見直して背景知識やメソッドの詳細をちゃんと勉強しようと決めて結構勉強しました。熱帯感染症について、流行地域について、既存の検査手法について、ジカウイルスについて、デングウイルスについて、現状の検査手法の問題点について、蚊について、etc…(iGEM TokyoTechのプロジェクトについてはこちらをご覧ください)これには結構な時間を要しましたし、やってからもっと最初にやるべきことだと気づいたのですが、ここでプロジェクトが社会実装の側面で致命的な欠陥を抱えていることに気が付きました。

そもそも、2022のプロジェクトはiGEM TokyoTech 2022が考えたものというよりかは、先生が提案したテーマです。学生が案だしもしましたが(僕は糖尿病を持続的にDetectionするみたいなプロジェクトを提案した気がします。)2022のリーダーと顧問の先生とのミーティングでデング熱検査メソッドを開発するというプロジェクトに決まりました。僕は確か予定があってこのミーティングには出ていないので、あとからプロジェクトについて聞かされる形になりました。

少し話を戻して、プロジェクトが抱える致命的な欠陥に気付いた僕は先行研究論文の著者である感染研の先生に連絡し、ミーティングしました。これが夏休み明けくらいなのでWiki執筆の直前くらいの事です。このミーティングでは、大きな大きな学びがありました。先行研究を行っている先生がどのような気持ち・思惑でこのメソッドを開発したのか、どういうシチュエーションで使えそうか、そもそもどういうメソッドなのか等論文からだけでは分からない多くの情報を共有して頂きました。そしてそのミーティングで得られた情報と、その情報に対する僕の解釈、プロジェクトの欠陥についてを全体に共有しプロジェクトの方向性について再度見直すことが出来たと思います。(と言いつつWiki Freezeまで時間が無かったのでWikiの内容を多少調整するくらいしかできませんでした)これは時期こそ遅すぎたものの意味のあるものだったと思ったし、初めてiGEMの活動を心から楽しいと思った瞬間でした。

同時進行でEducation, Collaboration, Partnership, Imprementation, Proof of Concept等も行っていました。Educationでイベントを開いたら参加者が一人しかおらず、某日本人初のGrand Prizeを取った彼なのですが、彼といろいろ議論して(詳細は忘れました)凄い高校生もいるなぁと思ったのを覚えています。Collaborationについても僕の理解が浅かったことと、iGEM TokyoTech 2021ではWikiにMeet upの事しか記載していなかったこともあり、何が正解かを模索しつつ2022ではとにかく手あたり次第いろいろなチームに連絡した記憶があります。ご迷惑をおかけしていたら申し訳ないです。Collaborationでよかったのは、同じデング熱に関するテーマを扱っていたiGEM Pune2-Indiaとミーティングが出来たことだと思います。Top10にも入っているチームでもありながら、同じデング熱を扱っている彼らとここでコミュニケーションしたことは2023においても大きな財産となりました。また、他の日本のiGEMチームの方々(特にWaseda)とコミュニケーションできたのも大きかったと思います。Wasedaとは一緒にイベントもしました。ありがとうWaseda。 Imprementation, Proof of Conceptも一応僕がWikiを書くことになっていたのですが、Wetの実験の進捗も相まって、正直Proofできているものが少なかったので最終的にProof of ConceptはDryに直前になってお願いしました。これはほんとうにごめんなさい。

この流れで出来たWikiのクオリティが高いわけがなく、満足のいくWikiはできませんでした。(少なくとも僕はそう思っています)そしてiGEM TokyoTech 2022はSilverでした。しかしそれ以上に、Wikiが書き終わってから多くのチームのWikiを読むようになって、iGEMそのものに魅力を感じるようになっていきました。

2023(学部3年生)

2023の最初の数カ月が精神的に一番しんどかった記憶があります。

代替わりがあって、役職が変わりました。役職も変わったし、iGEMの組織としての体制も変化しました。それまではLeaderが一人いて完全にその下にWet, Dry, Human Practices, Financeがあった感じでしたが部門それぞれにLeaderとSub-Leaderを付け、また団体のSub-Leaderも設置する方針に代わりました。これは、サークルとしての規模が大きくなったのと、よりマネジメントしやすくするためだと思います。そして僕はHuman Practicesの部門Leader兼団体のSub-Leaderとなりました。この段階ではまだLeaderではなくてSub-Leaderでした。そしてもう一人のSub-Leaderがtax_freeでした。本当はLeaderをやりたかったのですが、2022に自分がフランスに渡航出来なかったこと・Human Practicesの部門Leaderとの兼任が出来なかったこと・マネジメントを主体的にやる自信が無かったこと・旧Leaderの立ち位置が圧倒的にLeader向きであったこと、これらが理由でHuman Practicesの部門Leader兼団体のSub-Leaderとなりました。

最初はとにかくどうやってお金を集めるかを考えていた気がします。クラウドファンディングの申請がいろいろあって2022から停滞していたこともあって、お金を集めるあてがない状況からのスタートでした。tax_freeが積極的に学外に出て行ってアプローチしてくれていたので僕はそれとは別の方向で頑張れないか考え、若手研究者向けのグラントや学生のアイデアコンペ・スタートアップ支援等いろいろなグラントにとにかくたくさん応募していました。僕が主体で書いたものがほとんどかと思いますが、WetやDryの内容はWet, Dryの部門Leaderに徹夜で手伝って貰っていました。毎度ギリギリに書いているから苦しんでいるわけですが、特に文句もなく毎回付き合ってくれていたので本当に感謝です。このBlogは誰でも見ることが出来ると思うので、あまり資金に関する詳細は書かないほうがいい気がしますから書きませんが、いろいろあって資金も集まり、出場が決まりました。この時期にがんばってくれたメンバーの皆さんには本当に感謝しかないです。

ここからプロジェクトの話に移ります。iGEM TokyoTechのプロジェクトに関する最初の話題は「プロジェクトを変更するべきか否か」という物でした。多くのチームは1年でプロジェクトを変更するかと思いますが、当時のiGEM TokyoTechにはプロジェクトが完成していないままに次のプロジェクトに行くことが悪い事みたいな風潮?雰囲気?がありました。しかし先述したように僕は「2022のプロジェクトが致命的な欠陥を抱えている」と強く考えていたしiGEMにおいて勝ちやすいプロジェクトでもないと考えていたので僕はプロジェクトを変更したいと強く主張していたと思います。しかし、話し合いや投票の結果2022のプロジェクトは存続される運びとなりました。ここで存続したことが良かったのか悪かったのかは分かりませんが、プロジェクトを変更したいと考えていた僕目線で足りなかったのはやはり「自分が考えていることを説得力を持って人に伝える力」だと思います。この時のことを他のメンバーと振り返る事もありますが、話しているといかに自分の考えが共有できていなかったのか痛感します。前に読んだコンサルの人が書いた本(どの本かは忘れました)で、「伝える前に相手がよく使っているフォーマットを徹底的に分析してそのフォーマットを真似しながら資料を作る」というのがありましたが、いかに「伝える・共有する」という行為がコストのかかる行為なのか分かると思います。今振り返るとそこを拘れていなかったなと思います。加えて、ここでの意見の対立が原因でいろいろ人間関係で悩んだりしたので精神的に結構来てました。

この時点で僕が最も大きい問題だと思っていたのは、「Wetの実験が難しすぎて全く進まない」という事でした。元々Human Practices的な観点からプロジェクトの問題点を指摘していたのですが、それよりもWet関連の問題の方が大きいと考えるようになっていました。というのも、2022のプロジェクトであるDengnosisはWetがありえん高度なプロジェクトなのです(詳しくは2022のWiki2023のWikiを参照してください)。うちのWetをメインでやっていたのは1年生のころから仲がいい同期で、彼は頭もいいし努力家だしとにかく凄いやつな上に痛覚が無いのでどれだけブラックな環境でも生育できる人間なのですが、そんな彼がとてつもない時間をつぎ込んだのに2022のWetはあまり進まなかったし、傍から見ても系が複雑すぎるので2023でまた1年同じことをしてもWetが上手く行かないのは殆ど確定事項でした。そこで、プロジェクトの存続は決定していたものの、このままではWetの実験が全く進まないで終わるだろうし、iGEMで勝てないと考えていた僕は、Wasedaがやっているように並行でいくつかのプロジェクトを動かすという方向でどうにかこの問題を緩和できないか考えました。勿論新しいプロジェクトを建てることで、ただでさえ忙しいし進みが悪いWetを圧迫するのは悪手なのですが、このまま進んでいても絶対に成功しないので、最終的に40%くらいのWetの完成度でiGEMに出るくらいなら、むしろもう一つ2022のプロジェクトより軽いプロジェクトを建てて、だんだんとそっちにシフトしながら最終的には100%の完成度の”サブプロジェクト”と、完成度30%の2022から引き継いだプロジェクトのどちらかを選択もしくはセットで提出する方がまだマシだと考えていました。このまま同じ船に乗っていても沈没するのは目に見えているのだから、多少リスクがあっても違う船に乗り換えましょうという話です。

そこで、自分に賛同してくれた幾人かのメンバーでサブプロジェクト作製のためにゼロから案だしを行いました。そこの案だしでは、一旦「デング熱」というもともと持っていたテーマやiGEMっぽいテーマを積極的に選ぶことは避けて、いろいろな方向から案を考えてみました。どういう物があったかあんまり覚えていないですが、「地球温暖化」とか「フードロス」とかメジャーな社会課題から着想を得たテーマが多かったと思います。この期間の案だしでは、ダブルダイヤモンドというモデルを使って、収束と発散を繰り返しながら案をブラッシュアップしていきました。「もともと持っていたテーマやiGEMっぽいテーマを積極的に選ぶことは避け」ていたのですが、一応デング熱関連のテーマも入れていました。そこからどのテーマにするのか、僕含む4~5人のメンバーにランダムにテーマを与えて案を具体的なプロジェクトにしていきました。そこで何の因果か2022のプロジェクトから離れたほうがいいと主張していた僕はデング熱に関連する案から考えることになりました。そこから少し形になったプロジェクトは、「等温増幅法を用いてデングウイルスRNAを簡単に検出する」プロジェクトと「大腸菌を用いて蚊の忌避剤を作る」プロジェクトだったと思います。(たまたまデング熱というテーマと虫というテーマを引いた人のやつが形になったのでデング熱に寄っていますね。)このプロジェクトを持ってチームメンバーの前でプレゼンしたり、iGEMの顧問の先生方にプレゼンしたりしました。もともとプロジェクト存続させることに賛成しているメンバーが多かったこともあってチームからの反応はそんなに良くなかった気がします。しかし先生からの反応はそこまで悪くなかったというかむしろ良くて、近しいテーマをやっていた研究室の卒業生や他の大学の先生を紹介してくれました。紹介して頂いた人にも話を聞きながらサブプロジェクトを具体的なものにするために動いていましたが、お世話になっている研究室で使う事の出来るモデル生物の制限やあまりチームを動かせなかったこともあって、あまり進展がありませんでした。そんな時にたまたま筑波大学の先生が環境負荷が小さく、蚊(に近い種の昆虫)にしか効果が無い殺虫剤(記事では農薬と表現されていたので以下農薬と記載します)を発見したというニュースを見て、「これだ」と思ったマリルリはその先生に連絡していろいろ話を伺うと、化学合成の方法が未だ確立されていない事や植物からの抽出に頼っていると価格が高すぎて実用性が難しい事などが分かり、iGEMでやるには最適なプロジェクトではないかという気持ちになりました。そこで大腸菌でのその農薬の合成経路を考えて東工大で大腸菌を用いた物質産生をやっている先生数名に相談しました。すると、微量でも合成するのに最低で3年くらいかかりそうという事が分かりました。ちょっとしんどいですね。加えて、ここで問題となったのはサブプロジェクトをどうやって1つに選ぶべきなのか分からないという事でした。インパクト・Wetの重さ・実現可能性等いろいろな指標があって、どれを優先したらいいのか非常に難しかったです。そんなこんなで迷っているときに、iGEMの顧問の先生の一人から「ハイスループットなPCRを一緒にやらないか」という提案を頂きました。これが後の3D-PCR(2023のWikiを参照してください)で、Wetが比較的軽く、元々持っていたプロジェクトのシナジーもあるので可能性のある選択肢の一つでした。さらに、他のサブプロジェクトと違って研究室はもう既に確保できている状態だったので、すぐに動き出せる状態でした。そのためサブプロジェクトを選定するという作業は並行で行いつつも、3D-PCRを動かすための手続きを先生と進めていました。結局、Wetの軽さと(研究室探しとか手続きとかの意味での)動き出しの速さを優先して3D-PCRを進めることに決定しました。そしてここら辺の時期にいろいろあって、Sub-LeaderからLeaderになりました。

そこからはとにかく量をこなすことを意識し、Human Practicesのリーダーでもあった僕は、結構手当たり次第にインタビューをしていた気がします。TokyoTechはプロジェクトを存続することになっていたのでHuman Practicesの動き出しも早く、1月から結構インタビューを入れていました。終わってみれば、どのくらいか正確には覚えていませんが多分25~30くらいはインタビューをしていた気がします。また、Educationに関してはiGEMのメンバーで出場して優勝・社会貢献賞を獲得した高校生バイオコン・バイオものコンにて知り合った東京都立小石川中等教育学校の先生と協力してワークショップをしたり、後輩の発案で学内でイベントを開催したり(これは大学に提出する申請書が大変でした)、2022から行っている東工大に訪問・見学に来ている高校生向けに講義を開いたり等なんかいろいろやりました。ではWetはどうだったのかというと、2022から継続しているプロジェクトに関してはやはり終わりはしなかったのですがDryのModelingとフィードバックを回せるところまでは進めてくれました。まじで感謝ですねこれは。しんどい状況でよく頑張ってくれたと思います。3D-PCRに関しては僕の感覚で言うと全体として60~65%くらいは行ったのではないかと思います。僕は全然実験の方には貢献できていないのでWetのメンバーには頭が上がりません。本当にありがとう!そしてサブプロジェクトと本流のプロジェクトをいい感じに組み合わせて一つのストーリーにして2023のプロジェクトであるSTAND UPが出来ました。このストーリーラインを作るうえでも多くのメンバーに協力してもらいました。

TokyoTechは2018年にBronzeを獲って以降、Gold Medalから遠ざかっていました。その為、チームとしての目標はTop10入賞であったものの、Goldは強く意識していました。意識していたし、自分たちの活動を振り返ってもGoldは確実に取れると考えていました。ところが結果はSilverでしたね。全くWikiが間に合わなかったのです。ちょっとWikiが間に合わなかったのかな?みたいなチームは散見されますがTokyoTechは後1日あっても実装間に合わないんじゃないかなレベルで間に合いませんでした。Wet系のページであるResult, Experimentsとかは全く実装できていなかった気がします。一番しんどかったのはEducationをほとんど書けなかった事です。詳しくは後輩のBlogをご覧ください。なんか怒られている気持ちになりますねこれを読むと。実際リーダーとして、一番重要な場面でカスみたいなマネジメントをしたせいでメンバーの努力が実らない形になってしまったのは本当に申し訳ないです。特に一番大変な役を買って出てくれていたWetリーダーの努力を、より形あるものにできなかったのは悔しいです。結果は、EducationがGold要件として認められず、Silver Medalの獲得となりました。工数管理が甘すぎたこと、ドキュメンテーションを軽く見ていたこと等失敗の原因はいろいろありますが、一番の原因は120点を目指してしまったという事ではないかと思っています。こうならないためには「120点を目指して作り続けるのではなくて60点まで作って一旦提出する」ことが大切ですね。KyotoのLeaderの方も、iGEMで大切な事として「Quick and Dirty」を挙げていましたが本当にその通りだと思います。

結果は思い通りにはなりませんでしたが、本当に楽しかった1年間でした。メンバー全員に感謝していますし、これまでサポートしてくれたPIの先生方にも本当に感謝しています。特に一緒にマネジメントとして活動してくれたtax_freeには本当に感謝しているし彼とiGEMを通して出会えたことは大きな財産だったと振り返って思います。

iGEMを通して学んだこと

最初にこれを書くと言ったのを思い出したので書きます。正直あんまり思いつかないのですが、「自分が考えていることを説得力を持って人に伝える力」とか「チームが抱えている課題を解決する力」とかは鍛えられると思います。僕は具体的な開発業務(Wet, Dry)にそこまで携わっていないのでここら辺が学べた・得られたことかなと思います。どちらもiGEMに特異的なものではなく、人生のいろいろな場面で求められる能力だと思います。あとは「人と話す力」、コミュニケーション能力も鍛えられたかなと思います。同学年の学生だけでなく自分より年齢が遥かに上の人や企業の偉い人、研究者等様々な属性の人と話す機会が多かったので様々な人と上手く話す力は鍛えられた気がします。自分がHuman Practicesも兼任していたからかもしれませんが、Leaderとしての仕事の大半は人と会って話す事だった気がします。勿論これにはTokyoTechのメンバーも含まれます。大体のしんどいことは人と会って話すとちょっと前進したり抜け道が見つかったりすることが多かったです。ここら辺が学べたことかなと思います。もし、これからiGEMをやろうとしている人がいれば是非参考にしてください。

これからのiGEMとの関わり方

TokyoTechとして2023に出場したらiGEMからは完全に離れるつもりでした。元々は。しかしJamboreeでJapan Unitedを見て脳が焼かれてしまったので、もう一回Playerとして出たいという気持ちがあります。なので最初はTokyoTechとして2024も出ようかと考えていましたが、Leaderを辞めて普通のメンバーとしてチームに戻るとなるといろいろ難しいものがあって、というのも次またiGEMをやるのであれば2023以上にコミットしたいしするべきだと思っています。しかし2023にいろいろ犠牲にしながらやっていたのはリーダーだからというのが大きいです。自分がリーダーだからこそ、チームの功績を一心に受けるのは僕ですから、誰よりもコミットするべきだししなくてはいけないと考えていたからやれていた気がします。なので2024に同じ組織かつリーダー以外でまた出るとなると、自分が満足できないコミットメントになる気がします。それも理由の一つだし、なによりiGEMでGrand Prizeを取るにはiGEMの内部を良く知るというのをまずやらなくてはいけないと考えています。内部をよく知るというのは、Judgeに何がウケるのかを深く知るという事です。なので今はHQとコンタクトを取るもしくはHQになる(OfficialなApplyはもう終わってしまっているのですがどうにか入れてくれないか動いています)か、Judgeになれないかなと思っています。勿論公開情報からiGEMを知るのは絶対にやるべきことですが、それに加えて人と会って話してiGEMを知ることも大切だと考えています。その経験を経て、いろんな大学をごちゃ混ぜにしてOverでまた出られないかなとこの間なぎさんと話したので、これからはそういった関わり方をすることになるかと思います。OverでのiGEMに興味がある人は@pompommariruriにご連絡ください。

おわりに

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。iGEM TokyoTechのメンバーとして活動することは今後はありませんが僕がいろいろな人と出会って成長するきっかけとなったiGEM TokyoTechには本当に感謝しているし、アドバイスくらいしかできないですがこれからも応援し続けています。ありがとう、iGEM TokyoTech!